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長野地方裁判所 昭和54年(わ)85号 判決 1981年4月22日

被告人 松倉章市 外二名

主文

被告人松倉章市を禁錮一年六月に、被告人古田晃を禁錮一年に、被告人黒岩明司を禁錮八月にそれぞれ処する。

この裁判確定の日から、被告人松倉章市、同古田晃に対しいずれも三年間、被告人黒岩明司に対し二年間、それぞれ当該右刑の執行を猶予する。

理由

(被告人らの職務内容等)

被告人ら三名は、いずれも日本国有鉄道長野鉄道管理局篠ノ井駅に勤務し、被告人松倉章市は運転係として列車の組成及び入換等の業務に、被告人古田晃は構内指導係として構内係の指導及び構内係の業務である車両の解結、列車の分割及び併合等の業務に、被告人黒岩明司は構内係として同係の右業務にそれぞれ従事していたものであるが、右一連の各業務は、操車担当と称せられる者(運転係)一名、連結担当甲ないし丁番と称せられる者四名(構内指導係または構内係)の計五名により構成される、いわゆる一操四連一班の共同連携作業により遂行すべきものとされており、右一操四連における操車担当は、列車の入換、組成業務全般の総括責任者として、配下に属する連結担当甲ないし丁番四名の業務執行に対する指揮、監督、並びに列車入換等の作業に関連する機関車、信号、転てつ等の担当者との連絡、調整等の役割を、連結担当甲番は右操車担当を補助するなどの役割を、同乙番は、右操車担当の指揮、命令のもとに、いわゆる切り手、すなわち列車の入換突放時において当該突放、被突放各車両間の連結を解除する役割を、同丙及び丁番は、乙番同様操車担当の指揮、命令のもとに、いわゆる玉受け、すなわち右被突放車両を所定の位置に制動、停止させる役割をそれぞれ分担担当すべきものとされており、被告人ら三名は、昭和五四年六月一日午後七時三〇分ころから、長野市篠ノ井布施高田一、四一三番地の六所在の前記篠ノ井駅北部構内において、他の連結担当(甲、乙番)二名と共にいわゆる一操四連を組み、被告人松倉は操車担当として、被告人古田及び同黒岩はそれぞれ連結担当丙番、同丁番として、翌六月二日午前九時までの予定で、同構内での車両の入換、組成等の作業に従事した。

(罪となるべき事実)

被告人らは、同年同月二日午前四時過ぎころから、前記篠ノ井駅北部構内において、同構内一五番貨物車線に停留中の七両編成の貨物車両(以下単に本件車両ともいう)を篠ノ井線、信越線に直結する本線である下り二番線に突放入換して、同日午前六時一〇分同駅発直江津行三七五貨物列車を組成する作業を開始したが、右突放入換は、一五番線で本件被突放車両を機関車(機関士鈴木和義)に連結し、これを同駅構内北側のいわゆる一四四ポイント先まで引き上げ、同所で一旦停止したのち、被告人松倉の突放合図により、右機関車で本件車両を同構内南側に向けて押し出し、途中で、前同様被告人松倉の指示により、連結担当乙番が切り手をするとともに機関士が同機関車を停止させ、その後は、従前の惰性で本件被突放車両のみが二番線に進入して行き、連結担当丙、同丁番である被告人古田、同黒岩においてこれを同番線の所定位置に制動、停止させる手筈であつたところ、

第一  被告人松倉は、同日午前四時三〇分ころ、前記北部構内一四四ポイント付近において、前記のとおり、本件車両の二番線入換突放の合図を発するに際し、ブレーキ手配(玉受け)を担当している前記被告人古田及び同黒岩の両名あるいは少なくともそのうちの一名が同貨物車両に確実に添乗したうえ、同貨物車両のブレーキの完全なことを確かめて自己に通告するのを確認した後、鈴木和義機関士に対して同貨物車両の突放合図を表示し、同貨物車両の暴走による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右被告人古田又は同黒岩が同貨物車両に添乗していないのに添乗しているものと軽信し、同人らが同貨物車両に添乗して完全にブレーキ手配をとれる態勢にあることを確認することなく、漫然右機関士に対して同貨物車両を下り二番線に突放するよう突放合図を表示した過失、

第二  被告人古田は、前記日時、場所において連結担当丙番として、前記三七五貨物列車を組成するについてブレーキ手配を行うに際し、本件車両に自己が添乗するか又は連結担当丁番の被告人黒岩を添乗させて完全にブレーキ手配を行い、同貨物車両の暴走による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右被告人黒岩が同貨物車両に添乗していないのに添乗してブレーキ手配を行うものと軽信し、自己が同貨物車両に添乗しなかつた過失、

第三  被告人黒岩は、前記日時、場所において、連結担当丁番として、前記三七五貨物列車を組成するについてブレーキ手配を行うに際し、本件車両に自己が添乗するか又は連結担当丙番たる被告人古田を添乗させて完全にブレーキ手配を行い、同貨物車両の暴走による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右被告人古田が同貨物車両に添乗していないのに添乗してブレーキ手配を行うものと軽信し、自己が同貨物車両に添乗しなかつた過失

の競合により、前記機関士をしてブレーキ手配を行う添乗員のない無人のまま前記貨物車両を下り二番線に突放させ、更に同二番線から篠ノ井線に暴走させたうえ、前記篠ノ井駅構内(同市篠ノ井布施高田一、四一三番地の一六。篠ノ井線塩尻起点六六、六六七・七メートル)において、おりから同線を稲荷山駅方面から篠ノ井駅構内に向けて進行してきた名古屋駅発長野駅行八八〇三M臨時修学旅行専用列車の前部に右貨物車両を衝突させ、よつて同列車の一両目電車(クハ一六五―一九〇)、同貨物車両(本件車両)の緩急車(ワフ三五八八五)及び貨車(ワム七五三四八)を破壊させるとともに、その衝撃により、別紙被害者一覧表記載のとおり、右臨時修学旅行専用列車に乗車していた旅客北島淑光ほか四六名に同表記載の各傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人ら三名の判示各所為のうち、各業務上過失往来妨害の点は刑法一二九条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、各別紙被害者一覧表1ないし47の各業務上過失傷害の点はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、被告人三名の右各所為はそれぞれ一個の行為で二個以上の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、いずれも一罪として最も犯情の重い別紙被害者一覧表42の大原景子に対する業務上過失傷害の罪の刑で処断することとし、各所定刑中それぞれ禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人松倉章市を禁錮一年六月に、同古田晃を禁錮一年に、同黒岩明司を禁錮八月にそれぞれ処し、後記情状に照らし、いずれも同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から、被告人松倉及び同古田に対してはいずれも三年間、同黒岩に対しては二年間、それぞれ当該右刑の執行を猶予することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人古田は、本件車両が二番線への入換突放のため一五番線から引上線に引上げられる際、これをけん引する機関車(機関士鈴木和義)の運転室内助手席に添乗していたのであり、このことは、右引上の当時、被告人黒岩においてもこれを目撃、承知していたのであつて、このような状況下において被告人黒岩が、右被告人古田において本件車両の玉受け作業を担当してくれるものと期待し、信頼したのは当然であり、右車両の玉受け作業を自ら担当しなかつた被告人黒岩には何らの過失もない、と主張する。

よつて、所論にかんがみ関係証拠を検討して按ずるに、なるほど、当公判廷においては、被告人ら三名及び証人鈴木和義(本件車両を引上げけん引した機関車の運転手)はいずれもそろつて弁護人の右主張事実に副う供述ないし証言をしている。しかし、他面、被告人ら三名は、捜査段階においては、いずれもそろつて、かつ、ほぼ終始一貫して、被告人古田が右機関車の運転室内に添乗した事実は全くなかつたか、あるいは全くこれを目撃していない旨を供述しているのであり(もつとも、各被告人とも捜査の一時期において弁護人の主張事実に副う供述をしたことはあるが、いずれも間もなくこれを訂正変更している)、前記鈴木機関士においても、捜査官の取調に対しては、被告人古田の前記添乗の事実を申述していない模様であつて、被告人ら関係者のこの点に関する供述ないし証言は、捜査段階と公判段階とで全く相反しており、果してそのいずれが真実を物語つているかは今ここでた易く断定し難いところである。そこで、「疑わしきは被告人の利益に」という法理に従い被告人らの右公判供述を採ることとするが、これを前提としてもなお被告人黒岩の本件過失責任はとうてい否定し得ないところといわざるを得ない。すなわち、先ず、さきにも触れたように、本件において被告人黒岩は、連結担当丁番として、同丙番たる被告人古田とともに、二番本線に入換突放される本件車両を同番線の所定位置に確実に停止させるようブレーキ手配をなすべき職責を負つていたものである。篠ノ井駅の内部規定によれば、本件の場合は、被突放車両への添乗及びブレーキ手配は、被告人黒岩か同古田のいずれか一名で行つてよいことになつていたのであるが、いずれにしても、右被告人両名のいわゆる玉受け業務は、いわば連帯の関係にあり、一方が確実に右所定の職務に就労しない限り、他方の就労義務が解除消滅することはないと考えられるのである。従つて、被告人黒岩としては、予め被告人古田との間に同被告人が本件被突放車両のブレーキ手配をなすべき旨の明示の打合わせをしていたのであればともかく(本件においてそのような事前の打合わせがなされた証跡は認められない)、然らざる以上は、本件突放に際して、被告人古田がすでに右被突放車両に添乗しているか、あるいは少なくとも右車両に近接する位置にいて明瞭かつ即時に添乗しようとする態勢を整えていることを確認しない限り、自己の添乗義務を免れないというべきであつて、被告人黒岩が、その公判廷における供述のように、一五番線から本件車両を引上げけん引する機関車の運転室内助手席に着座している被告人古田を目撃したとしても、同被告人が右機関車から被突放車両に添乗するには機関車の停車を待つて一旦下車のうえ乗り移らなければならないという状況にあるのであるから、さきに説示したところに照らし、未だ右目撃の一事をもつて被告人黒岩の本件車両添乗義務を消滅させるに足る論拠とすることはできない。

被告人黒岩は、当公判廷において、被告人古田が前記機関車の助手席から自分(被告人黒岩)の方に向かつて手を上げたのを見たと供述しているのであるが、被告人古田の公判供述によれば、同被告人は、前記助手席に座り進行方向正面を向いたままの姿勢で、右側窓を開けようとしてその取手付近に右手を触れたことがあつたにすぎないというのであり、その他の関係証拠を仔細に検討しても、その際被告人古田が被告人黒岩の姿を見かけた事実も、いわんや右両被告人の視線が合つた事実もこれを肯認し難いところであつて、被告人黒岩の前記供述をそのまま措信することはできない。被告人古田は、本件車両の突放作業をもつて自分らの仕事が一段落し、以後暫く休憩となる予定であつたところから、前記機関車に乗つたままこれとともに休憩所付近まで赴こうとしていたというのであり、本件突放作業後小休止となる予定であつたことは被告人黒岩においても当時これを承知していたものとうかがわれる。また、本件当日の午前三時三〇分ころから開始された一連の入換、組成作業においては、被告人古田は、被告人黒岩より先輩格であつたこともあつてか、さほど熱心には玉受け作業に従事せず、その大半は被告人黒岩においてこれを処理していたのであつて、以上の経緯からしてみると、被告人黒岩としては、本件機関車の運転室内に被告人古田の姿を認めたとしても、それが玉受け業務を担当する者の本来あるべき態度としてはやや異例のものであることにかんがみ、果して同被告人が本件車両の玉受け作業を担当してくれるかどうかにつき一応の懸念を抱き、爾後その動静に留意すべきであつたのであり、漫然被告人古田において本件の玉受け作業をしてくれるものと期待したことは軽そつのそしりを免れないものといわざるを得ない。

なお、弁護人は、連結担当丙、丁番のいずれかが引上げ突放車両をけん引する機関車の運転室内助手席に乗つておれば、その者が当該被突放車両に添乗してブレーキ手配を行う慣行があつたと主張するが、被告人らの公判供述等によつても、連結担当丙、丁番が車両入換等の作業の過程で当該けん引機関車の運転室内に添乗することはごくまれのことであつたことがうかがわれるのであつて、被告人古田自身その公判供述において、自分は本件車両をけん引する機関車の運転室内に添乗したが本件車両に移乗して制動手配を行うつもりは全くなかつた旨断言していることを考えあわせると、所論主張の慣行があつた事実もまたた易くこれを肯認することはできない。

以上の次第であつて、弁護人の所論はいずれも採用し得ない。

(量刑の事情)

本件事故は、前判示認定のように、国鉄篠ノ井駅構内においていわゆる一操四連を編成して貨車の入換、組成等の業務に従事していた被告人らが、その各自に属するそれぞれの基本的な注意義務を怠つて無人の貨物車両を本線に突放、暴走させ、おりから対向進行してきた臨時修学旅行専用列車に右貨物車両を衝突させ、楽しかるべき修学旅行関係者多数に対し全治約二週間ないし加療約一〇・五か月間を要する傷害を与えたほか、貨物車両二台、電車一台等を破壊(被害見積総額約六五〇〇万余円)するという重大な結果を招いたという案件であつて、敢えて多言するまでもなく、被告人ら三名の刑責はいずれも重大である。ことに被告人松倉は操車担当として本件貨物車両の入換作業の責任者であるばかりでなく、本件事故直前突放合図をする際に玉受け添乗者の確認を怠つた同人の過失が事故に直結しているものであつて、最も重い責任があるといわざるを得ない。また、被告人古田は、本件当日必らずしも十分にはその職務に精励していなかつたのではないかという状況がうかがわれ、被告人らの供述によれば、さしたる理由もないのに機関車助手席に乗つて突放車両に添乗せず、その際の所為が被告人黒岩をして同古田が本件被突放車両に添乗するかのような誤解に陥らせたというのであつて、そうとすれば、これが本件事故のそもそもの発端となつたものといえないわけではなく、同被告人の責任もこれまた重大である。さらに、被告人黒岩については、同古田が機関車助手席にいて手を上げているのを見たとすれば同被告人の添乗の意思の有無をさらに明確に確認することは容易であつたのに、わずかな労を怠つて本件の原因をなしたもので、やはりその責任はたやすく軽視し難いところといわなければならない。

しかしながら、被告人黒岩については、前判示認定のとおり、過失の存否そのものに消長を及ぼさないとしても、被告人古田が本件列車に添乗するものと誤信するにつき無理からぬ一面もあつたとうかがわれないでもないこと、本件当日事故に至るまで卒先して作業に従事し、被告人古田との共同分担職務の大半を行つてきたこと、また、被告人松倉については、篠ノ井駅北部入換の夜間単独作業は操車担当として初めてであつて、経験未熟であり、監督する当局側の配慮もやや欠けていたともみられなくはないこと、さらに本件事故後、国鉄当局の負担ではあるが、被害者らとの間にいずれも示談が成立し、被告人らも本件について深く改悛の情を示し、被害者全員の宅を訪問して陳謝していること、被告人らは本件事故後いずれも国鉄を休職となり、すでにある程度の社会的制裁も受け、今後も受ける可能性があること、また、被告人ら三名はこれまで前科・前歴がなく、国鉄入社以来職務に精勤してきたこと、その他国鉄篠ノ井駅北部構内は曲線が多く見通しが悪く、又安全側線の設置等の安全対策上従来やや問題があり、本件事故後初めて改善が講じられた箇所もあることなどの事情も認められるので、これらを被告人らのため有利に酌んで、被告人ら三名に対し、それぞれ主文掲記の刑を科するのを相当と思料した次第である。

(裁判官 小林宣雄 松本哲泓 小島浩)

別紙 被害者一覧表(略)

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